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秋田地方裁判所 昭和57年(ワ)390号 判決

原告

佐藤豊五郎

ほか一名

被告

中川賢

ほか二名

主文

一  被告中川賢、同中川春雄は各自、(1)原告佐藤豊五郎に対し金六〇九万一二二〇円およびこれに対する昭和五六年六月二一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員、(2)原告佐藤ツヤに対し金五六〇万一二二〇円およびこれに対する昭和五六年六月二一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大正海上火災保険株式会社は、前項のいずれかの被告に対する右裁判が確定することを条件として、原告佐藤豊五郎に対し金六〇九万一二二〇円、原告佐藤ツヤに対し金五六〇万一二二〇円ならびに右各金員に対し前項裁判の確定した日の翌日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

四  訴訟費用は、原告佐藤豊五郎、同佐藤ツヤと被告中川賢、同中川春雄との間では、総費用を二分し、その一を同被告らの、その余を同原告らの各負担とし、同原告らと被告大正海上火災保険株式会社との間では、これを三分し、その二を同被告のその余を原告らの各負担とする。

五  この判決第一項は仮りに執行できる。

事実

(申立)

第一原告

一  被告中川賢、同中川春雄(以下被告賢のように略称する。)は各自、(1)原告佐藤豊五郎に対し、金一四一〇万四三五二円および内金一三一〇万四三五二円につき昭和五六年六月二一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員、(2)原告佐藤ツヤに対し、金一三四〇万四三五二円および内金一二四〇万四三五二円につき昭和五六年六月二一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大正海上火災保険株式会社(以下被告会社という)は、原告ら各自に対し、第一項の各被告らに対する裁判のいずれかが確定することを条件として、金一〇〇〇万円および右裁判確定の日の翌日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  第一項につき仮執行宣言

第二被告ら

一  原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

(主張)

第一請求原因

一  昭和五七年(ワ)第三九〇号関係

1(一) 原告らは、亡佐藤昌宏(以下亡昌宏という)の父母である。

(二) 被告賢は、後記事故のさい加害車(普通乗用車秋五六つ七九二〇号)を運転していたものである。

(三) 被告春雄は、被告賢の父であり、本件事故当時加害車を所有し、これを右賢に使用させ、自賠法三条にいう運行供用者であつたものである。

(四) 後記のとおり、本件事故は被告賢の過失に基づくから、同人は不法行為に基づく損害賠償として、被告春雄は自賠法に基づき、本件事故により原告らにおいて蒙つた損害を賠償しなければならなない。

2 事故

(一)(1) 日時 昭和五六年六月二一日午後六時二五分ころ

(2) 場所 秋田県本荘市神沢字浜辺二〇二番地の二・国道上

(3) 被害車 自動二輪車カワサキ製・排気量四〇〇cc・亡昌宏運転

(4) 加害車 普通乗用車・ニツサンスカイライン・被告賢運転

(5) 事故の態様

(イ) 被告賢は、訴外藤原郁美を同乗させて、国道七号線を本荘市方面から秋田市方面に向けて時速約六〇キロメートルで走行していた。そこへ後方から進行してきた訴外池田祐也(以下池田という)運転の自動二輪車(以下池田車という)が、加害車の左側を追い抜いてその進路の前方に出た。被告賢は、そのことにいたく立腹し、これを抜き返えそうとしたが、果せなかつたため、加害車を道路左側に移行させて池田車に接近させる幅寄せ運転を行なつたため、右池田は身の危険を感じてやむなく減速して、後方に下がり、加害車の約五〇ないし一〇〇メートル後方を追尾した。

(ロ) 後方から右の有様をみていた亡昌宏は、直ちに加速して加害車と並進走行しながら被告賢に対し、「お前どこの者だ。車を止めれ。」などといつたところ、被告賢も「うるさい、バカ野郎」などと怒鳴つた。そのため、亡昌宏は、左足で加害車の車体を蹴りつけた後、同車の進路前方に出て蛇行運転するなどして、加害車を停車させようとした。

(ハ) 被告賢は、亡昌宏の右行為に立腹し再度「幅寄せ」を行なつて同人を畏怖させ、その隙に逃げ去ろうと決意し、被害車が加害車の右後部フエンダー付近に接近したさい、やにわにそのハンドルを右に転把して、加害車の車体を急激に進路右側に移行させ、その後部右側部分を亡昌宏の身体に接触させた。

(ニ) そのため被害車は、対向車線に押し出され、折から対向車線を対面進行してきた訴外菅原一男運転の普通乗用自動車と正面衝突をした。右事故により、亡昌宏は、頸椎骨折の傷害を受け、同日午後七時二五分ころ同市東町三八番地由利組合総合病院において死亡した。

(ホ) 以上要するに本件事故は、被告賢の幅寄せに起因するものである。なお同人は、昭和五七年四月二八日秋田地方裁判所において傷害致死罪により懲役三年、執行猶予五年の刑を言渡された。

3 損害

亡昌宏は、昭和三三年一二月一〇日生れ(当時二二歳)で、山形県立酒田南高校を卒業し、シエル石油ガソリンスタンドに勤務したのち、昭和五五年四月から株式会社細谷組のダンプカー運転手として稼働していたが、同五六年五月六日付で大型自動車の免許を取得したため、同年七月からは大型ダンプカーの運転手として就労する予定であつた。もとより身体頑健な青年であつた。

(一) 葬祭費 金七〇万円

(二) 死亡慰しや料 金一三〇〇万円

(三) 逸失利益 亡昌宏が若年であり、春秋に富み、将来収入の増大する可能性の大きいことを勘案すると、同人の逸失利益の算定に当り、その年収額については、少なくとも幼児、無職者に準じるべきである。賃金センサスによる昭和五六年の男子労働者平均賃金三五七万九二四〇円を基準とし、生活費控除五〇パーセント、就労可能年数四五年に対応するライプニツツ係数一七・七七四として算出すると、その逸失利益の総計は金三一八〇万八七〇五円となる。

(四) 以上損害額合計金四五五〇万八七〇五円から既払額(自賠責保険)金二〇〇〇万円を控除すると、請求額は金二五五〇万八七〇五円となる。

(五) 弁護士費用金二〇〇万円

以上の次第で、葬祭費については、原告豊五郎が負担し、その余の損害賠償請求権金二四八〇万八七〇五円については、原告両名が各二分の一を相続し、弁護士費用は同じく折半して負担することになつている。そうすると、原告佐藤豊五郎は、金一四一〇万四三五二円及び内金一三一〇万四三五二円については昭和五六年六月二一日から完済迄年五分の割合の遅延損害金、原告佐藤ツヤについては金一三四〇万四三五二円および内金一二四〇万四三五二円に対する前同様の損害金の支払を求める。

二  昭和五八年(ワ)第二九六号関係

1 被告春雄は、昭和五五年五月九日加害車を買受けて、これを所有し、息子である被告賢にこれを使用させていた。したがつて、前記加害車による事故について、運行供用者として、その損害賠償の責任がある。また被告賢も、不法行為責任を負担する。その内容については前記のとおりである。

2 被告春雄は、加害車につき、本件事故当時被告会社と自動車対人賠償責任保険契約を締結していた。また被告賢も被告春雄の同居の親族、もしくは被保険車の許諾使用者として、被保険者に該当する。そうすると原告らの被告春雄らに対する本件事故に基づく損害賠償額が確定したときは、被保険者である被告春雄らの被告会社に対する右保険金請求権の内容も確定する。そして原告らは、被告春雄らに対する訴訟と同一訴訟手続で、被保険者春雄らに代位して、同人らが保険会社である被告会社に対する保険金請求権を行使できると解せられる(最判昭和五七年九月二八日民集三六巻八号一六五二頁)。

3 前記のとおり、原告豊五郎は、被告春雄に対し、金一四一〇万四三五二円、同じく原告ツヤは金一三四〇万四三五二円の損害賠償を求めているが、被告会社に対しては、内金各金一〇〇〇万円とこれに対する本裁定確定の日の翌日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二請求原因に対する認否

一  第三九〇号(被告賢、春雄関係)

1 請求原因1の(一)ないし(三)は認める。(四)は争う。

2 同2のうち(1)ないし(4)は認める。(5)のうち亡昌宏がその主張の日時場所で死亡したこと、判決のあつたことは認めるが、その余は否認もしくは争う。事故の態様は抗弁で主張するとおりである。

3 同3のうち冒頭部分は不知、その余は争う。もつとも本訴につき弁護士を依頼したことは認める。

4 同4は争う。

二  第二九六号(被告会社関係)

A 第三九〇号の請求原因として主張した事実についての認否

1(一) 請求原因1(一)は認める。

(二) 同(二)も認める。

(三) 同(三)の所有者であるとの点は否認する。訴外春雄は所有者ではなく単に使用者であるに過ぎない。

(四) 同(四)は認める。

2 同2は認める。

3 同3のうち、既払額については認め(正確にはそれ以上)、その余は不知。

4 同4については争う。

B 第二九六号の請求原因について

1 同1は前記のとおり。

2 同2は否認もしくは争う。もつとも加害車を被保険車として、自動車対人賠償責任契約が締結されてはいるが、それは被告春雄との間にではなく、被告賢との間にである。

(一) 本来加害車は被告賢名義で購入される筈であつた。ところが、同人は未成年であつたので、便宜上被告春雄名義が借用された。現に加害車の購入代金の大部分は被告賢が出している。また使用するのも、被告春雄は自動車免許を有していなかつたので、ほとんど被告賢であつた。加害車の実質上の所有者は被告賢である。

(二) 保険契約締結の手続を直接行なつたのは、被告春雄らであつたかもしれない。しかし前記のとおり、被告賢が事故を起した場合のことを考え、被告春雄らが代理人となり、被告賢のため保険契約を締結した。したがつて保険料も被告賢が支払つていたのである。

第三抗弁

一  第三九〇号関係

1 自賠法第三条但書の免責の抗弁

亡昌宏は、被害車の運転席右側を並進走行をしながら、そのドア付近を数回にわたつて強くけり、その反動で反対車線側へ転倒した。被告賢は幅寄せをしていないし、そもそも被害車と接触もしていない。

仮りに、加害車がセンターライン側に寄つたとしても、被告賢は後述の2(一)ないし(四)の状況下にあつて、亡昌宏らの暴行を避けるためやむを得ず幅寄せをしたものであり、本件事故はひとえに亡昌宏の一方的な過失により生じたもので、また、加害車に構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたから、被告春雄は、自賠法第三条但書の規定に基づき、本件事故により生じた損害につき賠償すべき義務はない。

2 正当防衛

被告賢は、次に述べる池田車及び被害車の(一)ないし(四)の不法行為に対する防衛行為としてやむを得ずに(五)のはみ出し運転をしたもので、違法性がない(民法第七二〇条)。

(一) 訴外池田は被害車の道路左側の間隙をぬつてこれを追い越し、同車の前方へ進路変更し、他方亡昌宏は加害車の後を追走し、その前後をはさんだ。

(二) 被告賢は、加速して池田車を追い越し、逃げようとしたところ、訴外池田は加害車の前で蛇行運転をし、その進路を妨害した。

(三) 池田車が加害車の後方に退いた後、亡昌宏は、加害車の運転席右側で並進走行を始め、「降りれ」などと恕号しながら加害車運転席ドア付近を数回にわたつて強くけつた。

(四) 被告賢は、亡昌宏の暴行を避けるため加速したが、亡昌宏もこれを追つて加速し、右(三)の行為を繰り返した。

(五) 加害車が停止すれば、亡昌宏らに暴行を受け、同乗中の恋人藤原郁美が同人らにいたずらされる恐れがあつた。

そこで、被告賢は、亡昌宏らに停止させられることを防止するため、やむを得ず加害車をセンターライン側に寄せ、さらにそのはずみで反対車線側に侵入し、本件事故を発生させた。

3 過失相殺

(一) 仮りに正当防衛にあたらないにせよ亡昌宏の過失は相当に大きい。既に確定した本件事故の刑事裁判記録(乙第一号証ないし乙第七一号証)から明らかなとおり、本件事故の原因は亡昌宏が仲間の訴外池田と共に、被告賢を挑発したことにあり、亡昌宏の死は、自分自身の挑発がなければ絶対におこりえなかつたといえる。

(二) 被告賢は、本件事故当時、ガールフレンドの藤原郁美を自車助手席に乗せ、本荘市から秋田市への帰途にあり制限速度をわずかに上まわる程度の安全運転をしていた。そこに後方から追つてきた亡昌宏及び訴外池田の二台のオートバイのうち、まず訴外池田がスピードをあげ加害車の左側を追いぬくという無理な追越しをし、他方亡昌宏は右池田と呼吸を合わせて加害車の後方にあつて加害車をはさむような形をとつた。被告賢は不安を感じ、池田を追い越そうとしたところ、池田は被告賢の追い越しを阻止しようとして、暴走族特有の運転方法である進路前方での蛇行運転を繰り返した。その後池田車が減速して後退すると、今度は入替るように亡昌宏が加害車を追い上げ同車の運転席右側までわずか五〇センチの間隔で並進走行し、被告賢に対し「お前どこの者だ。車を止めろ。」などと怒号し、かつ左足で加害車を蹴りつけるなどの威嚇行動をとつたため被告賢は恐怖にかられた。

被告賢はそれまでこのような威嚇を受けたことはなく、またガールフレンドを同乗させていたこともあつて、恐怖にかられ、逃走するためやむなく結果的には幅寄せとなる運転をしたのである。

亡昌宏は、国道七号線上を時速八〇キロメートルないし九〇キロメートルの高速で約一キロメートルも執拗に並進走行し、その間加害車を数回にわたり蹴り、蹴つた反動でセンターラインを超え、対向車線に入るなど危険をかえりみない運転を続けた。このように亡昌宏の追及をかわして逃走しようとする被告賢が加害車を被害車に近接させた結果、本件事故が発生したのである。

(三) 本件は、直接的には被告賢の「幅寄せ」運転により生じたものではあるとしても、事故発生に至るまでの経緯をみると、本件事故の原因及び過失は、亡昌宏が自らの危険をかえりみず、被告中川にケンカをいどんだことにある。被告賢は運転免許取得後一年の新参運転者であり、これまでかかる挑発を受けたことがなく、また女性を同乗させていたことから、亡昌宏の威嚇に恐怖し、対向車の接近すら知覚できないほど度を失い、結果的には幅寄せ運転をやつてしまつたのであり、現在事故の結果責任を一人で背おわされようとしており、まことに気の毒である。

かかる経緯をみれば本件事故の原因及び過失は亡昌宏において大であり、その割合は亡昌宏六割、被告賢四割と考えられ、過失相殺にあたり斟酌されるべきである。

4 弁済

原告らは、自賠責保険から、損害の填補として金二〇〇三万七五六〇円の支払を受けている。

二  第二九六号関係

1 本件保険約款七条一項一号において、「保険契約者、記名被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意」によつて生じた損害は填補しない旨規定する。

2(一) 保険契約者である被告賢は、本件事故につき、少なくとも傷害の故意を有したことは明らかである。すなわち本件事故についての刑事判決が詳細に認定しているとおり、時速八〇ないし九〇キロメートルの高速で走行している際に幅寄せ行為を行なえば、幅寄せされた者に生ずる生命、身体に対する危険度が極めて大きいことは明らかであり、このような危険を認識しながら敢えて幅寄せ行為を行なつた者には、暴行の故意を越え、むしろ傷害の故意の存在を肯定すべきものと考える。

(二) 仮りに、傷害の故意の存在が否定されたとしても、次の理由により、被告会社は免責されると考える。

(1) 本件保険約款七条においては、被告会社が免責される場合の「故意」につき、傷害もしくは殺人の故意のみに限定する旨の文言はなく、また、そのように限定して解さなければならない理由はない。むしろ、今日、被害者保護の見地から保険会社が免責される範囲を明文で縮小している傾向にあることを思えば、「故意」の文言を限定的に解さなければならないとすれば、その旨明文で定められるはずである。にもかかわらずそのような文言がないということは、「故意」を限定的に解さないことを明示しているともいえる。

(三) 保険約款において、「故意」ある場合を免責としているのは、事故発生の認識認容がありながら行為する者には、任意保険による救済を受ける資格がないとの理念に基づいているのである。したがつて、保険約款におる「故意」とは、当然傷害および殺人の故意だけではなく、単なる暴行の故意も含むとされなければならない。

(四) したがつて、本件各証拠により、被告賢に少なくとも暴行の故意が認められる本件では、被告会社は免責されなければならないのである。

3 損害の填補については、被告賢らの主張するとおりである。

第四抗弁に対する答弁

一  第三九〇号関係

1 抗弁1の免責の主張は否認もしくは争う。

請求の原因記載のとおり、明白な幅寄せの事実を争うもので明らかに失当である。

被告賢の検察官並に司法警察員に対する各供述調書によれば、同人は時速八〇キロ以上で走行中、並進走行する亡昌宏運転の被害車が、右後部フエンダー付近に来た時にハンドルを急速に右に切つたため、加害車の車体と亡昌宏の身体が接触し、そのため両車共に対向車線にはみ出してしまつたものである。また司法警察員作成の昭五六年六月二六日付実況見分調書によれば、加害車は少なくとも三五・〇八メートル前進する間に、右方へ約二・三三メートルも急激に移行したものである。

2 同2の正当防衛の主張は否認もしくは争う。

(一) 亡昌宏が、「降りれ」と怒号しながら並進したとしても、(二)記載の紛争の経緯に徴すれば、被告賢もしくは同乗の藤原郁美が、亡昌宏らに暴行をうけ、あるいはいたずらをされるような急迫の侵害があつたとは到底考えられない。

(二) そもそも本件紛争の原因は、オートバイに乗つた訴外池田が加害車を追越したという単純なことに腹を立てた被告賢が、右池田および亡昌宏に対し、さまざまな挑発行為を行い、亡昌宏の恕りを誘発したものである。即ち被告賢は、池田車に幅寄せを行い、さらに右池田に対し、助手席にいた藤原郁美までが、「何だバカぶつたたくや」と罵声を浴びせた。この有様をみて亡昌宏が加害車に並進走行して、「お前どこの者だ、とめれ」ととがめると、被告賢は亡昌宏に対し、「うるさいバカ野郎」と恕鳴るなどしたため、同人は左足で、加害車のドアを足蹴にするなどした。それに対し被告賢は、本件の幅寄せに及んだものである。

3 同4の過失相殺の主張も否認もしくは争う。

亡昌宏が、加害車に並進走行し、「車をとめれ」などとどなつたのは、その原因は、もともと被告賢の挑発行為にあつたこと前述のとおりである。又亡昌宏の行為が何らかの非難をうけるとしても、被告賢の幅寄せ行為は、同被告のみの悪性の発現であつて、直接の因果関係はなく、過失相殺の主張は失当である。

4 同4のうち金二〇〇〇万円の受領は認める。

二  第二九六号関係

1 抗弁1の主張は認める。

2(一) 同2(一)の趣旨は争う。本件は死亡事故であつて、仮りに傷害の故意があつたとしても問題とはならない。

(二) 同(二)、(三)も否認もしくは争う。

(1) そもそも保険約款七条が、「故意」による損害を免責としている趣旨は、故意による損害は偶然性がなく、又かような損害について保険金取得をみとめれば、この保険金取得を目的とする事故招致が行われるおそれがあるからである。商法六四一条は「悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害」を免責としており、この場合の「重大ナル過失」とは、「ほとんど故意に近似する注意欠如の状態をいう。」(大判大正二・一二・二〇民録一九豫一〇三六頁)から、反面かような重過失を除いた保険約款の故意=悪意も既に述べたように右趣旨に則り厳格に解すべきである。

(2) しかも保険約款七条は、その事故を招致した被保険者だけの賠償責任に限つて免責としているもので、反対に本件の車両運行供用者として被告春雄が負う賠償責任については免責しない趣旨であることは明らかである。

(証拠関係)

本件訴訟記録中の当該欄記載のとおりなので、それをここに引用する。

理由

一  請求原因一の1(一)、(二)の事実、ならびに(三)の被告春雄が本件事故当時加害車の運行供用者であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  次に事故の態様につき判断する。

1  被告会社との間では、請求原因2の事実は争いがない。

2(一)  請求原因2(一)の(1)ないし(3)の事実は、被告賢らとの間でも争いがない。

(二)  いずれも成立に争いのない乙第一四号証、第二〇ないし第二五号証、第二七ないし第二九号証、第三四ないし第三七号証、第四三ないし第五三号証、第五七ないし第六五号証を総合すると、次のとおり認めることができ、この認定に反するいずれも成立に争いのない乙第二号証、第七一号証の各記載、証人藤原郁美の証言、被告賢本人尋問の結果は、前掲各証拠と対比してにわかに措信できず、他にこれを覆えすだけの証拠はない。

(1) 昭和五六年六月二一日午後六時二五分ころ、被告賢は加害車を運転して、国道七号線を、本荘市方向から秋田市方向へ走行し、本荘市神沢字浜辺二〇二番地の二先の通称松ケ崎バイパスに至つた。助手席には訴外藤原郁美を同乗させ、かつ当時の時速は六〇キロメートル位であつた。

ところがそこへ後方から被害車とともに同一方向に走行してきた池田車(ヤマハ製二輪車・排気量四〇〇cc)が、加害車の左側を追い抜いてその進路前方へ出た。

(2) 被告賢は、池田の行動に怒り、かつ暴走族である亡昌宏と右池田とに前後をはさまれたものと勘違いし、時速八〇キロメートル位に加速してこれを追い越そうとした。しかし右池田は追い越させまいとして、数回蛇行運転を繰りかえしたので、被告賢はさらに加害車を池田車に接近させ、これを左側に寄せるなどの幅寄せ運転をしたため、池田も身の危険を感じ、減速して加害車の後方に下がり、その約五〇メートルから約一〇〇メートル後方を追尾して行つた。

(3) 以上の経過を被害車に乗つて後方から見ていた亡昌宏は、被告賢のやり方に憤慨し、加速して加害車の運転席右側まで出て、同車と並進走行しながら「お前どこの者だ。車を止めれ。」などと怒号し、左足で加害車を一回蹴りつけた。その後さらに亡昌宏は、同車の前方に出て蛇行運転をするなどしてこれを停車させようとしたり、また並進走行して加害車を蹴つたりした。

(4) 被告賢は、以上の経緯から、このままでは自分や同乗者の藤原が、亡昌宏らから危害を加えられる結果になる恐れがあると危惧し、かつ亡昌宏らの行動に対し憤慨していたので、前同様被害車に幅寄せをして、亡昌宏がひるんだ隙に逃げ去ろうと考えた。そして同日午後六時三〇分ころ、前記国道上の同市松ケ崎字西離山十六郎橋無番地付近に差しかかつたさい加害車を時速八〇ないし九〇キロメートルに加速し、いきなりハンドルを右に切つたところ、加害車の車体後部右側と亡昌宏の身体とが接触してしまつた。その結果、被害車、加害車とも対向車線に進出し、折から対面進行してきた訴外菅原一男運転の普通乗用自動車と被害車とを正面衝突させた。そのため亡昌宏は、頸椎骨折(脱臼)の傷害を受け、同日午後七時二五分ころ、同市東町三八番地由利組合総合病院において死亡した。

三  被告春雄は、自賠法三条のただし書きの免責の主張を、また被告賢は正当防衛による免責すなわち損害賠償責任を負担しない旨主張する。

しかし前認定の事故の態様から明らかなとおり、本件事故が亡昌宏の一方的過失から発生したとか、被告賢の前記行為が正当防衛に該当するなどとは到底認められない。現に本件事故は、被告賢と亡昌宏、池田との抗争の結果発生したもので、急迫の侵害があつたとに認められない。被告賢として恐怖感を抱いたとしても、他に採るべき妥当な手段はいくらでもあつたのである。その他本件全証拠によつても右事実は認められない。

よつて被告賢は不法行為に基づき、被告春雄は自賠法三条本文により、本件事故により亡昌宏および原告らの蒙つた損害を賠償しなければならない。

四  損害

1  いずれも成立に争いのない乙第六八号証、原告佐藤豊五郎本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、亡昌宏は、昭和三三年一二月一〇日生れで、当時独身であり、高校卒業後ガソリンスタンドに約四年半勤めたが、昭和五五年四月から株式会社細谷組に勤務し、主に生コン車の運転手をしていたこと、そして昭和五六年五月六日大型免許を取得したので、いわゆるダンプカーの運転をする予定であり、かつ将来は自分で車を持ち運送の仕事に従事する予定であつたこと、高校時代ボクシング部に所属し、身体は強健であり、兄が一人いて兄弟は二人であつたこと、以上の事実を認めることができる。

2(一)  葬祭費

前認定の亡昌宏の年齢・職業等を勘案すると金七〇万円を相当と認め、かつ弁論の全趣旨によると亡昌宏の父親である原告豊五郎が負担したものと認められる。

(二)  死亡慰謝料

前認定の亡昌宏の年齢・職業等に、前記事故の態様ならびに前記乙第一四号証、第六八号証、原告豊五郎、被告賢および被告春雄各本人尋問の結果および弁論の全趣旨から窺われる本件事故については被告賢に対する傷害致死の刑事判決が確定し(しかもその内容は損害賠償についての誠実な履行を期待しての執行猶予であつた。)、かつ前認定のとおりもしくは前掲各証拠からみて、被告賢の本件事故についての責任は明白であるのに、被告賢ら被告側では本件事故の責任は一方的に亡昌宏にあるかのように主張し、賠償交渉には応じないで、本件訴訟にまで至つたこと、その他諸般の事情を考慮すると、死亡による慰謝料は金一二〇〇万円が相当と認められる。

(三)  逸失利益

前1での認定事実、前記乙第六八号証、原告豊五郎本人尋問の結果によると、亡昌宏は将来運送業を自営する予定でいたが、二二歳から六七歳まで、毎年平均して賃金センサスによる男子労働者高卒の平均賃金程度すなわち年収金三五一万円を得たであろうと認められ、生活費控除五〇パーセント、就労可能年数四五年としてライプニツツ係数により計算した結果を参考とし、結局その逸失利益の総額は金三一二〇万円と認めるのが相当である。

参考計算227,500×12+780.400=3510,400(円)

昭和56年賃金センサス男子高卒労働者平均年収

3,510,000×0.5×17.774=31,193,370(円)

五  過失相殺

1  前認定の事故の態様や前掲の各証拠から認められる、被告賢の幅寄せによる事故とはいえ、本件の抗争は池田車と加害車とのもつれから始まり、その後の亡昌宏と被告賢らとのやりとり、加害車と被害車の各動きその他の事情を総合すると、本件事故の発生については亡昌宏側もその責任を負担すべきであり、その割合は、被告賢が七、亡昌宏が三、すなわち本件事故により亡昌宏らの蒙つた損害のうち七〇パーセントを被告賢らにおいて負担するのを相当と認める。

2  ところで前認定の亡昌宏と原告らとの身分関係に弁論の全趣旨を総合すると、原告らは亡昌宏の権利義務を各二分の一づつ相続したものと認められる。そして前記過失相殺をすると、原告らの各損害は次のとおりである。

(一)  原告豊五郎 金一五六一万円

(二)  原告ツヤ 金一五一二万円

六1  既払額

(一)  成立に争いのない乙第五五、五六号証によると、自賠責保険から原告らに対し本件事故による損害の填補として金二〇〇三万七五六〇円が支払われていることが認められる。

(二)  右既払額を原告らの主張するとおり、その各損害に等分して充当すると、原告豊五郎の残損害は金五五九万一二二〇円、原告ツヤのそれは金五一〇万一二二〇円となる。

2  弁護士費用

以上認定の本件事故の態様、被告賢らの原告らに対する本件請求についての態度、本件訴訟の経緯、その認容額等ならびに弁論の全趣旨によると、原告らが本訴を弁護士に委任して追行するのはやむを得ないところであり、かつ弁護士費用として相当額を要し、かつそれらは原告ら各二分の一づつ負担するものと推認されるところ、その費用は原告ら各自につき金五〇万円、合計金一〇〇万円と認めるのが相当である。

3  そうすると、被告賢および春雄は各自、原告豊五郎に対し金六〇九万一二二〇円、原告ツヤに対し金五六〇万一二二〇円、ならびに原告春雄について内金五五九万一二二〇円、原告ツヤについて内金五一〇万一二二〇円に対する本件事故の日である昭和五六年六月二一日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

七  被告会社に対する関係

1  成立に争いのない丙第一ないし第三号証によると、加害車について、昭和五六年五月二八日(当時被告賢は成人であつた。)、保険期間同年五月二九日から翌五七年五月二九日(午後四時)まで、保険契約者(被保険者)被告賢、対人賠償額金三〇〇〇万円等とする自家用自動車保険契約が、被告会社との間に締結されていたことが認められる。

2  次に免責の抗弁について判断する。

(一)  前記丙第一号証によると、右保険約款の賠償責任条項七条一項一号に被告会社の主張するように「保険契約者の故意によつて生じた損害は填補しない」旨の規定が存することが認められる。

ところで右の文言は、商法六四一条の規定の趣旨を受けたもので、偶然的事故による損害の填補を目的とする保険契約の趣旨からして、故意に基づく事故による保険金の請求は信義誠実の原則に反し、また公益上からも公序良俗に違反するからとの見地からのものと解せられる。そうすると右の規定の趣旨、特に「故意は」、保険金を取得させる意思のある場合は勿論のこと、事故発生についての「表象・認容」のある場合を含み、本件のような死亡事故について、必らずしも死亡の結果発生についての故意のある場合に限定する趣旨とは解せられない。しかもそれは絶対的免責事由で他の被保険者に対する賠償責任も免責する趣旨である。一方重過失を除外しているところから、事故発生についてのいわゆる「認識ある過失」を含まないと解すべきである。

(二)  前認定の事故の態様、前二項2の(二)の冒頭掲記の各証拠を総合すると、被告賢は、加害車を被害車に対し急に「幅寄せ」したもので、右は車両の往来の激しい国道上での危険な行為であり、両車の高速運転の状況等に亡昌宏は不安定な二輪車で走行していたことなどを考え合わせると、本件のような事故招来の危険性は極めて高かつたもので、被告賢もそのことは認識していたものと認めざるを得ない。しかし一方前認定のとおり、本件事故の直前、被告賢は池田車に対し「幅寄せ」をして、これを後方に下がらせることに成功しており、また加害車そのものも対向車と接触しているが、同乗者のいる車で、自車にも重大な結果を招来するかもしれないような危険な運転をするとも考えられないので、被告賢自身は対向車の来ていることに気がついていなかつたものと推認される。加えて、前記乙第四三ないし第五三号証、成立に争いのない第五四号証で被告賢が詳細に述べているとおり、同人には当時「幅寄せ」をすれば、前同様被害車も後方に下がるであろうから、その隙に逃走しようとの意図のみで、未必的にしろ本件事故つまり被害車が対向車と接触するなどの事故発生についての故意・認容までの意思はなかつたものと認めるのが相当である。他に以上の認定に反し、被告賢に右の点について故意があつたことを認めるだけの証拠はない。

(三)  よつて被告会社の免責の抗弁は理由がなく、採用できない。

3  そして前記丙第一号証によると、本件保険契約は、その約款の一章賠償責任条項の一条一項、三条一項2号の規定どおり、「記名被保険者の同居の親族で被保険自動車を管理中の者」の損害をも填補することになつているものと認められるところ、成立に争いのない乙第四〇号証、第四二号証によると、被告春雄は記名被保険者である被告賢の同居の親族であることが明らかであり、かつ本件事故について被告春雄が被保険車の運行供用責任を負担することは被告会社の認めるところであるから、結局被告春雄は前記「被保険自動車を管理中の者」に該当すると認められる。前記保険契約者の故意による免責が認められない以上、被告会社は、被保険者である被告春雄の運行供用責任に基づく損害についても填補する義務がある。

4  さらに本訴のように、原告らが、被保険者に対する損害賠償請求と保険会社である被告会社に対する被保険者の保険金請求権の代位行使による請求を併せて求め、それらが併合審理されている場合には、裁判所は被保険者に対する損害賠償請求が確定することを条件として、被告会社に対する前記請求も、予めその請求をする必要がある場合として、これを認容することができると解せられる。

5  そうすると、原告の被告賢もしくは被告春雄に対する請求のいずれかが確定することを条件として、被告会社は、原告豊五郎に対し金六〇九万一二二〇円、原告ツヤに対し金五六〇万一二二〇円(原告が被告会社に対し代位請求したのは元本のみである)ならびに右各金員に対する前記被告らに対する裁判のいずれかが確定した日の翌日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

八  むすび

1  そうすると、原告らの請求のうち、被告賢および被告春雄各自について、原告豊五郎に対し金六〇九万一二二〇円、原告ツヤに対し金五六〇万一二二〇円ならびに原告豊五郎について内金五五九万一二二〇円、原告ツヤについて内金五一〇万一二二〇円に対する昭和五六年六月二一日から右各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとする。

2  被告会社に対しては、右1のうちいずれかの被告に対する裁判が確定することを条件として、前同様原告豊五郎に対し金六〇九万一二二〇円、原告ツヤに対し金五六〇万一二二〇円ならびに右各金員に対し右1のうちいずれかの被告に対する裁判の確定した日の翌日から右支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとする。

3  訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木経夫)

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